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べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく)

べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく)
浦河べてるの家
べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく)
定価: ¥ 2,100
販売価格: ¥ 2,100
人気ランキング: 10223位
おすすめ度:
発売日: 2002-05
発売元: 医学書院
発送可能時期: 通常24時間以内に発送

精神障害をかかえた人びとが共同生活を送る北海道・浦河町のグループホーム「べてるの家」。その特徴は、病気を治療し、社会復帰をめざすのではなく、悩み、弱さをそのまま受けいれ、問題だらけの人生を肯定する力の獲得をめざしていることだ。本書は、1984年の設立からの道のりを、メンバー自身、および彼らを支えてきたソーシャルワーカー、医師、地域住民らがありのままにつづった記録集である。 「べてるの家」が全国的な注目を浴びたひとつのきっかけは、地元特産の昆布を売る会社をみずからの手で起こしたことだった。しかし本書によれば、その目的は「苦労を取り戻す」ためだったという。「利益のないところを大切に」「安心してサボれる会社づくり」などのユニークなモットーは、一般的な企業の発想とは正反対の右肩下がりのものばかり。こうした理念が生まれた背景には、心の病という現実から逃げずに向き合った一人ひとりの人生との格闘、および「三度のメシよりミーティング」を行うお互いの関係づくりの歴史があった。 本書には、幻覚や妄想をメンバーが競って発表しあう場面など思わず笑いを誘われるエピソードが満載され、全体にユーモラスなトーンが貫かれている。しかしそれは、「べてるの家」の存在が、近代的な昇っていく生き方に対する無言の批評となっていることをも意味している。医療・福祉関係者はもちろんながら、むしろ正常という病に侵されているふつうの人々にこそ読んでほしい1冊だ。(松田尚之)

障がい者が悪いのではないんだ
精神障がい者たちが会社を作った、ハラハラするけどある意味とても痛快
素敵な人たちが住む浦河だから可能だったのかも知れませんが
がんばらなくてもいい、そのままでいいという言葉が心に沁みました
精神障がい者が悪いのではなく、その家族が悪いのでもない
病気が悪いだけなのだもの。障がい者を支える人たちの気の遠くなるような寛容さに
ただただ頭が下がります。でも疲れるだろうな。

「べてるの家」は現代社会の逆さ鏡
「降りる生き方」「ありのままの肯定」「弱さを絆に」「弱さの情報公開」「三度の飯よりミーティング」「幻聴から『幻聴さん』へ」...べてる・ワールドから生まれた数々のキーワード。ひとつ一つのキーワードが、ひとり一人の苦労の雪だるまの人生の果てたどり着いた「べてるの家」での実践から生まれた。
当たり前のようにできていたことが、とてつもなく難しくできにくくなってしまう。人とつながりたいと思うほどますます孤独になってしまう。精神疾患をかかえることで、一見、常識がくつがえってしまう...それが精神障害を抱える人の世界かも知れない。実にパラドックスに満ち満ちた世界。
であればこそ、発想を逆転してしまおう。「非」援助という援助、幻聴も妄想も大切で有益でありがたく役にたっているもの、専門家に占有されていた病気の「当事者研究」...「非」常識を常識に、とでもモットー化可能だろう。
「べてるの家」は、だから、現代社会の逆さ鏡である。



「援助論」のコペルニクス的展開です。
ヒューマンサービス及び対人援助を生業にしている専門家の方々には必読の書です。
具体的な方法論という視点でも、更に方法論のバックグラウンドとなる「人間」という対象への洞察という視点でも、多くの発見を得ることが出来る充実した内容です。
援助やケアに関する様々な理論があらゆるフィールドで展開されていますが、それが「援助側」という枠組みの中で構造化されたものであるというパラドックスに改めて気づかされると同時に、「当事者」と「援助者」の新しい関係性について考えさせられました。
本当に血の通った、生きた言葉が踊る、文字を通して人間の臭いが伝わる「良書」です。

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